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陸前高田

 2月11日の夜、陸前高田市でのボランティア活動から戻ってきた。1週間の短い期間ではあったが、その間実際に目にする全ては、TVニュースが伝える惨状をはるかに超える現実を突き付けるものだった。到着初日のバスの窓から目にしたものは、数日来の寒波で陸前高田では珍しく雪に覆われた静かに広がる田んぼを思わせる平坦地だったが、しかしそこが、あの津波に襲われ洗い流された市街地だということを理解するまでには少しの時間が必要な位、そこには静寂が広がっていた。その静寂の向こうにポツンポツンと取り残され行き場を失ったように佇んでいる建物たちが、やっとここがあの現場だということを教えてくれた。

 陸前高田市役所仮庁舎の一角で、日本社会福祉士会から派遣されたボランティアたちの活動が続けられている。津波でほとんどの住民データを失った地域包括支援センターの活動を補佐するものであり、仮設住宅に住む高齢者宅を一軒一軒回り、どのような支援を必要としているか否かを聞き取り、その情報を同センターに引き継ぐ活動である。今回我々が担った業務は、仮設住宅に住む約800人の高齢者情報をPC上のデータベースに入力する作業である。これを元に後任のボランティアが訪問活動をより迅速に行えるように環境整備をする役目であった。

 データ入力を終えて活動最終日に、引き継ぎを兼ねて仮設の高齢者宅の何軒かを訪問した。その中の1軒で、津波の経験を聞くことができた。当初の警報では津波は3mと聞き、それほど危機感もなく近所のお婆さんと一緒に避難していたが、堤防を超える波の高さを目にし事の重大さに気づき、お婆さんを急き立て急ぐも、お婆さんは座り込み動かなくなってしまい、足元を波が濡らす事態にはどうしようもなく、両手を合わせお婆さんを残しやっとのことで避難した。後にお婆さんの遺体は上がり、検死の結果心臓麻痺だったようだとのこと。負ってしまった心の悲しみがどれだけ深いものだったかを、その静かな語り口が物語っていたように思われる。

 駒ケ根に戻ったあくる朝、アルプスは白く豊かに雪を纏い青空の中に静かに佇んでいる。その麓に広がる街は朝靄の中に目覚め始め、今日もいつものように穏やかに時間は過ぎゆき、やがて夜を迎える。その何事もない日常性が如何に貴重なものであることか、短い1週間が私に教えてくれた。


    CIMG0565 縮小版
       取り残された体育館


    CIMG0589 縮小版
       スーパーMAIYA  
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父の百か日

 今年の信州の紅葉は少し色づきが芳しくない。初秋の10月に例年より暖かい日が続き、あまり冷え込むことが無かったせいである。11月の中旬には色鮮やかな紅や黄色に着飾った木々が山肌を覆うのだが、既に茶色に枯れ萎んだ葉が色づく前に散ってしまっている木々があちこちにみられる。去年の今頃、病床の父に見せようと、伊那谷から木曽谷の紅葉を写真に撮って回ったことを思い出す。先日、母の一周忌と父の100か日の法要を同時に済ませた。

 去年の紅葉は確かに今年よりも色鮮やかで、アルプスの峰々を覆う雪も白さが深かった。決して上手くはない写真だが、気に入ったものをアルバムにして、父を見舞った。父は既にベッドから自分で起き上がることは出来なくなっており、母の死がさらに父の気力を萎えさせていた。冬が明け桜の季節になったら駒ケ根で一緒に住もう、それまでに長途の移動ができるように元気になって欲しいと父を励まし、撮った写真の一つ一つの風景を話して聞かせた。

 年が明け一時は回復するかに見えたが、桜前線が九州から信州へと北上するに連れ、体の容態は悪化して行った。しかし駒ケ根に行きたいという想いは父の中に募っていったようで、時折訪れる孫娘に私の迎えはいつになるのかを聞き取れない言葉で尋ねていたという。

 6月に再入院した父を病床に見舞った時、胃瘻に繋がれた父は既に言葉を発することが難しくなっていた。1週間の間毎日病室でできるだけの時間を共にしたが、駒ケ根のことは言い出せなかった。それが無理だということを父も十分に理解していたはずだから。駒ケ根に帰る日ベッド脇でやっと言った、早く駒ケ根にお出で、父さんの部屋も出来上がっているから、と。それまで苦痛に顔を歪めていた父は、私の目をじっと見つめ、目を細め顔中で作れるだけの笑顔を作り私に向けた。そして、うんうんと頷いた。それが生きた父を見た最後だった。

父の見舞い

 父を見舞うため、今月2日から北九州の実家に来ている。2月に胃瘻を付けたが腸が動かず注入した栄養食は食道を逆流したため点滴だよりの日々であったが、施設の医療・看護・介護のスタッフの方々の細やかなケアのお蔭で、腸は少しずつ機能を回復し、胃瘻から流動食を注入できるようになった。が、補給できるカロリーは十分ではなく、体はやせ細り体力は回復できないまま3ヶ月が過ぎた。

 排尿のためカテーテルを尿道に挿入していたが、尿道は爛れ痛みが酷い。感染症も心配される。急な発熱を機会に再度入院し、膀胱瘻を付けることになった。繋がれる管がまた一本増える。が本人の苦痛を和らげるためには致し方ないと判断した。

 駒ケ根までの距離を移動できるだけの体力を回復できるだろうか。痛みが消え精神的にも安定してくれば、あるいは栄養の吸収能力も改善され、体力回復も希望がもてるかもと期待するが、現実はそうでもないようだ。しかし、体調を見ていつでも移送ができるように、その手段の確保と受け入れの準備は進めよう。

多摩市での最後の日

 先日未曾有の大地震が東北・関東を襲った。ここ多摩でもこれまで経験したことのない大きな揺れであった。その時自宅の自室で荷物のダンボール詰めを行っていた。天井近くまで積み上げたダンボールの山が揺れ始め、それを押さえるのに気を取られていたが押さえ切れずにその山が崩れた時、リビングのことに思いが至った。

 ダンボールの山は崩れるにまかせ、リビングに駆けつけると電子レンジや電気ポットが床に吹き飛んでいた。居間の食器棚は全面に接して置いていたテーブルを押しのけ、それに寄りかかるように倒れかかっていた。中の食器類は既にダンボールに梱包していてので難を免れたが、そのダンボールも部屋中に散乱していた。家財道具のほとんどは既にダンボールの中であり、たぶん破壊は免れているであろう。もしこれが引っ越しの準備前であったら、割れ物は全滅していたに違いない。

 今現在、各地から信じられないような地震の被害が伝えられている。押し寄せた津波の映像は頭を離れない。長野でも北部を震源とするM6の地震が発生し、山間部を走る鉄道線路が、崖崩れで複数個所が宙ぶらりんとなっている。幸い駒ケ根は被害に繋がる大きな揺れはなかったとのこと、新居も無事であり今日も工事の音が近隣に聞こえているとの知らせが隣人からメールで届いた。

 本日平成23年3月13日、多摩市で過ごす最後の日である。明日引っ越しである。そんな時このような何百年に一度あるかないかの大地震が東日本の広範囲の地域を襲った。ここ多摩市では幸い大きな被害は聞かない。駒ケ根も無事であり、予定どうり引っ越しは実施することになる。20年間暮らした街、今東の空に日の出が上がり始めている。ここに引っ越してきて初めてみた日の出と同じである。回りの風景はだいぶ変わったが、いつまでも穏やかで緑多き街であって欲しいと祈っている。
 

胃瘻

 父の容態が胃瘻造設の是非を決めなければならないところまで悪化してきた。食欲が落ち点滴で栄養補給を続けてきたが、嚥下機能も弱まり食事中咳き込む度合が急激に増し誤嚥の危険性が無視できない。発熱で急遽病院に入院し、今は医師の判断で絶飲食となっている、と共に胃瘻造設の判断を求められている。

 本人の意思をなんとか確認しようと試みる。胃瘻のなにかをどこまで理解出来ているのか心もとないが、「90年以上生きてきた、後何年いきなきゃならんのかなあ」とつぶやく。これを胃瘻の拒否と理解すべきかどうか迷うが、そうと理解した。それは私の思いとも重なる。単に延命のためのものであれば、それは本人にその苦しさを延々と続けさせることになる、それは避けたい。しかし、単に生きていることであっても、生きていてほしい、その葛藤は続くが、医師には胃瘻はしないでほしいと伝えた。

 また一方、駒ケ根で自宅に引き取り在宅での介護・看護の道を探してきた結果、近隣に終末を自宅で迎えることを大きな目的としそれを実践している訪問介護の事業所と訪問医療の診療所の存在を知った。これならば父を自宅で看取ることができそうだ。それを土産話に父に話した。父は、「ありがたいのう、早く駒ケ根に行きたいのう」とはっきり言った。私と一緒に住むことに大きな希望を持ったようである。

 今の状態では、九州から信州への長時間の移動は不可能である。その体力を回復し、口からの摂食を目的とした介護・看護が今の老人ホームで可能ならば、胃瘻は一つの手段として前向きに捉えることができるのかも知れない。しかしそれが結局できず、胃瘻に繋がれたままの状態から抜け出せない状態に陥ってしまうかも知れない。一旦胃瘻はしないと医師に伝えたが、今また悶々としている。
プロフィール

ちろりん村村長

Author:ちろりん村村長
衛藤史朗です。
九州で生まれ、東京でサラリーマンをやっていました。定年とともに信州駒ケ根の地に移り住み、ここを終の棲家として、成年後見活動を柱に地域福祉の増進に貢献する所存です。
趣味は剣道。

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