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シャキョウへ

先月の10月より、隣町の伊那市社会福祉協議会で臨時職員として勤務することになった。地域福祉係とそこに併設されている成年後見センターでの業務である。日常生活自立支援事業と成年後見制度に関係する業務が多くを占める。のみならず地域の福祉活動を支援する業務も特定地区を担当して携わることになる。成年後見の業務はある程度の経験は積んできたが、それ以外は初めての経験である。

 勤務を開始して半月が経つが、その業務の多さと必要とされる一つ一つの業務の細やかさには正直驚いている。が、利用者の方々が生活していく上で大切な部分に係わっている業務である以上、それは当たり前のことでもある。どんなに時間に忙殺されていようとも、その瞬間瞬間はその利用者にとっては今しかない大切な時である。神経を集中させて、かつ穏やかにゆったりと接すべきである、と自戒する毎日である。

 思えば不思議なことではある。7年前、初めて福祉の世界に接したとき、初めて聞いたことばの意味が分からなかった。それは、「シャキョウ」。ちょうどその時期、自分の悪筆をなんとかしようと写経を毎日の日課にしていた頃である。その言葉を聞いて、その日課を連想してしまうしかなかった。その「シャキョウ」に勤めることになろうとは。

 勤務の契約期間は1年間である。あっという間に過ぎ去ってしまうだろう。そのあっという間の短い時間に、出来得る限りの経験を積んでみよう。そして少しでも何かを、貴重な経験の場を提供頂いた「シャキョウ」さんに置き土産として残したいものである。
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成年後見連携学習会スタート

 上伊那地区でいよいよ、司法書士・社会福祉士・弁護士が中心となり、成年後見連携学習会がスタートした。9月15日、参加者は24名、予想を大幅に上回る盛況であった。当初予定した伊那市社会福祉協議会会議室では入りきれないことが分かり、急遽別棟のホールをお借りしての開催であった。言いだしっぺの一人として、学習会発足に向け踏み出してみて良かったと思いながら、緊張の中で司会進行を務めさせて頂いた。

 初回学習会の内容は、リーガル・サポート長野支部長戸田雅博氏による講演で、イギリス2005年意思能力法からみた日本の成年後見制度の課題というべきものであり、第1回目の記念すべき学習会を飾るに相応しい内容であった。自己の意思決定になんらかの理由で不自由さを抱える人に関わりを持つ全ての人々が、その人に代わって意思決定を代行しなければならない場面において、持つべき理念・考え方を示す2005年法の5原則を分かりやくすく説明して頂いた。同法が、成年後見制度に関わる人々のみならず、他者の意思決定過程に関わる全ての国民を対象にしているものであることを知って、ある種の衝撃を受けたことは確かである。

 我が国の成年後見制度は制定から12年を迎え、まだまだとは言いながらかなりの実践事例を積み上げてきている。その中で同制度に内在する問題点、それはある意味その立法過程において生まれながらにして持っていた不合理性からくるものとも言えると思うが、それは多くの関係者・団体から問題提起・提言として投げかけられている。それらの課題解決への羅針盤として、イギリス2005年意思能力法・行動指針が大きな意味を持つものであることを認識した次第である。

 格調高き学習会を終え、本日の第二のメインイベントの懇親会がその後持たれた。日本の中の長野県、そのまた一角である上伊那地区に産声を上げた成年後見連携学習会、そこで我が国の成年後見制度が今後進化すべき方向を示唆する羅針盤としての2005年法に触れた。成年後見に関わる全ての人々が定期的に集まり、それぞれが持つ問題意識や悩みまた将来への夢などを共有しあい、地域に根差したそれぞれの活動を支え合う連携学習会になれればいいなあと思いながら、美味しいお酒と料理を堪能しつつ、みんなで大いに語り合った懇親会であった。場所は伊那市内のお店、その店の名は奇しくも「羅針盤」であった。

他職種との成年後見連携学習会

 先日の3月16日、松本市で弁護士会・司法書士会・社会福祉士会による成年後見に関する連携学習会が開かれ参加してきた。昨年の7月にも参加したのでこれで2度目であるが、学習会は2か月に1度開催されている。平日の午後7時から8時半までの時間帯であり、皆さん日中の勤務を終え業後に集まっている。駒ケ根からは車で約2時間の距離であり毎回参加は難しい。

 今回は約30名の方が参加され、提供された事例を題材にしてグループ討議を行った。その事例から浮かび上がった検討課題は、全く関わりを拒否していいる2人の甥と姪しか親族がいない中での医療同意に関すること、本人死後に発覚した生前に死去した子供の永代供養料に関すること、推定相続人(甥と姪)間でいざこざが起こりそうな気配の中での財産引き渡しに関することであった。異なる職種の中で、成年後見活動の経験量に豊富な方、まだ未受任の方、これから研修を受けようと考えている方など、参加者がそれぞれの意見を出し合い学びあい、活発なグループ討議がなされた。

 成年後見に携われば誰でもが遭遇する事態であり、非常に悩ましい現実の問題でもあり、一人で考え対応するにはリスクが伴うことでもある。このような事例を基に、異なる職種の専門家が集まって意見交換をすることの重要性とその成果を目の当たりにした学習会であった。

 松本市を中心にした地域ではこの連携学習会が早くから持たれており、お互いの顔を知り合った専門職どうしのネットワークが有効に機能しているようである。残念ながら上伊那地域ではそのようなネットワークはまだ聞かない。それをこの地でも構築したいと思った。最初の一石を投じてみよう。

 

成年後見相談会

 先日11日に上伊那地区の成年後見相談会に相談員として参加した。主催は長野県社会福祉協議会および長野県成年後見関係団体連絡会で、県下10カ所で一斉に開催された。上伊那地区は伊那市社会福祉協議会の共催で実施された。相談員としては、弁護士、司法書士、社会福祉士、税理士、行政書士および介護福祉士のそれぞれの専門分野で活躍されている専門職の方々である。毎年11月11日介護の日のイベントとして開催されている。

 一般市民の方からの相談が4件と、地域包括支援支援センターや障がい者支援センターの担当者からの今困っている事例に関する相談が持ち寄られた。私は一般市民の方からの相談を2件、司法書士の方とチームで相談を担当した。その一つは認知症で高齢の妻の治療費のために簡易保険や預貯金の処理のために年後見人が必要となり、夫である自分が後見人となるつもりだが、自分がなれるのかどうかという心配とその申し立てや後見人としの事務がどんなものかなどに関するご相談であった。

 相談内容としては難しいものではなかったが、奥さんは医師の話の内容から余命はそう長くはないようで、長年連れ添ってきた奥さんを思う心情が言葉の端々に滲み、時には涙声でのご相談であった。主に対応された司法書士の方の対応は実に細やかで、成年後見に関する一連のことを単に説明するだけではなく、急激に悪化した奥さんを思いやるご主人の不安に満ちた気持ちに寄り添い、できるだけその方の心が落ち着けるように時にはユーモアを交えながら、丹念に時間を掛け相談を受けておられた。相談が終わり礼をして帰るご相談者は、少なくとも成年後見という未知のものに対する不安は薄らぎ、少し元気を取り戻して帰られたようである。

 成年後見相談会の相談員として初めての経験であった。想定される相談に対し模擬相談会を自宅でやり準備をした。実際の相談件数は多くはなかったが、事前の準備も含めて相談を受けるということはおおいに自分の勉強になる。またそれにも増して他の職種の専門職の方々と知り合いになれるということが自分の財産になる。このような機会は今後とも積極的に参加し、またより多くの一般市民の方々に相談会のことを知ってもらうように自らもその事前準備に参画していきたいと思う。

長野県の様子

 まだ移住前だが、長野県の成年後見制度に関する動きについて知りたくて、手当たり次第首を突っ込んで調べてきた。自分が社会福祉士の資格を取って会に入会してから3年が経つが、その間、成年後見制度に対する社会の関心は大きく変わってきたように思うが、長野県でも、伊那・駒ヶ根地区でも、今大きく動き出しているという印象である。

 3年前、とある機会から長野県飯田市で長野県社会福祉士会の地区会/研修会(当地では車座集会と言っている)があることを知り、東京から無理矢理押しかけて参加させて貰った。駒ヶ根に土地を購入したばかりの初夏であり、昼間は茫々に生えた草刈をし、夕方飯田市の会場に駆け付けた。東洋英和女学院大学教授の石渡和美先生の成年後見に関するご講演があり、「成年後見活動は、その地域の地域改革に行きつくものです。」と言われた先生の言葉が、今でも強く印象に残っている。

 その当時、地元で社会福祉士事務所を立ち上げた方にお聞きした限りでは、南信州は成年後見に関する地域の関心は非常に薄く、まして社会福祉士が成年後見を受任すること自体、家裁においてさえも関心を示して貰えないという状況であったように記憶している。私が定年後東京から駒ヶ根に移住して、成年後見活動をしたい旨をお話ししたとき、是非来て一緒に活動して欲しいとのエールを頂いたが、そこには現況の壁をなんとかして打破したいとの思いが滲んでいた、と同時に、わざわざ東京からくることに気の毒いとも思われたようでもあった。

 昨日夕刻、長野県社会福祉士会会長にお会いした。来年3月に移住してくるに当たり、そのご挨拶と最近の動きについて知りたくて、無理矢理お時間をお願いしたのに対し、お忙しい限りの折りにも関わらず、快く業務後の時間を割いて下さった。感謝の限りである。そして、長野県での動きについていろいろとお話し頂いた。会としてぱあとなあ会員養成に努めていること(現在100人を超えた)、成年後見の公的支援機関が必要と考えておりそこでは法人後見受任までも見据えていること、そこに市民後見人を位置づけようと考えていること、他士業団体とも円滑な連携を築いてきていること、県としても成年後見事業推進のモデル地区を定めて取り組んでいること、などなど。そして今後、様々な課題を抱えつつも大きく動こうとしており、この流れは止めることはできない。その受け皿体制を作り上げることが大きな課題であるとのことであった。

テーマ : 社会福祉士
ジャンル : 福祉・ボランティア

プロフィール

ちろりん村村長

Author:ちろりん村村長
衛藤史朗です。
九州で生まれ、東京でサラリーマンをやっていました。定年とともに信州駒ケ根の地に移り住み、ここを終の棲家として、成年後見活動を柱に地域福祉の増進に貢献する所存です。
趣味は剣道。

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