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先達の有難さ

 昨日(28日)は、久しぶりに独立社会福祉士仲間の流山市のS氏と葛飾のW氏にお会いした。両氏とも独立事務所を開業され、成年後見活動を中心に大活躍されておられる。事務所開業前のご苦労の多かった頃から、エネルギッシュで常に前を向いて進むその人柄に接してきた。独立型社会福祉士の先人として名高い久保田氏の開業塾でお互い知り合い、私にとっては得難くも心強い先達である。両氏とも成年後見活動に真摯に取り組み、かつ社会福祉士会への貢献や地域での活動に積極的に取り組んでおられる。

 5年前に定年後の進むべき方向を決めその準備を進めてきたが、途中で挫折することなくここまで来れたのは、多くの方々の生き生きと活躍している姿をまじかに見ることができたからだと思っている。しかしそれらの方々の事務所を軌道に乗せるまでの苦難ともいえる道、そして乗せた後の次の高みへと留まることのない歩みは、決して平坦な軌跡ではなかったはずである。だからこそ今の輝きがある。

 来春、私も独立事務所を開業する計画であり、その最後の準備段階の今、両氏にお会いした。それは改めて今日に至るまでの両氏の口からでしか聞くことができないであろう軌跡とその思いをお聞きしたいと思ったからである。期待以上のお話を聞くことができた。期待以上のアドバイスも頂いた。これを新たな励みとして、駒ケ根での活動に生かしていこうと、かなり酔いの回った頭で反芻しながら、遅い電車に快く揺られて帰宅した一日であった。吉田兼好の徒然草の一節、「何事も先達はあらまほしきかな。」を思い起こしながら。
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テーマ : 社会福祉士
ジャンル : 福祉・ボランティア

古材との対話

 幾年月その家を支えてきたのだろうか、これらの梁や柱たちは。その家は新たに建て替えられるためにその役目を終えたのか、あるいは住人が去り打ち捨てられて廃屋となった後取り壊されたのか。その表面にはその歳月が刻み付けた色が深く沁みついている。裏の森から切り出されたであろう木々は、チョウナを持った手慣れた大工たちの腕に身を任せ、形を整えられていったのであろう、規則正しく波打つチョウナの削り跡がそれを物語る。

 華やいだ里人の声を聴きながら森から切り出された木々たちは、新たな役目を与えられることに戸惑いと期待を持ったであろうか。子供たちのお産を見届けたであろうか、その育ちを慈しんだであろうか、あるいは老人の死での旅立ちを、家人とともに悲しんだであろうか。茅葺屋根の下で、いろりや竈から立ち上る煙にいぶされて、その表面は徐々に年月を塗り重ねてきた。

 役目を終えた梁や柱たちは再び大工たちに身を任せ、新たな家の形に合わせてしかも原型をできるだけ残すように手際よくその形を変えていく。そして、新たな住人とその友人の手によってお色直しが施されていく、長い年月を煙に燻されて浮かび上がった木目やチョウナの削り跡はそのままに。

 新たな家のどこに組み付けられるのか戸惑いながら、新たな役目に再び期待を抱いているのだろうか、その梁たちは。新たな住人の愛撫を受けながら、これから過ごすであろう新たな日々への思いと、その何倍もの過ぎ去った年月の永さを思い返してもいるのだろうか、その柱たちは。

CIMG0150 古材加工

古材の加工風景

CIMG0181 古材1

古材1

CIMG0182 古材2


古材2

長野県の様子

 まだ移住前だが、長野県の成年後見制度に関する動きについて知りたくて、手当たり次第首を突っ込んで調べてきた。自分が社会福祉士の資格を取って会に入会してから3年が経つが、その間、成年後見制度に対する社会の関心は大きく変わってきたように思うが、長野県でも、伊那・駒ヶ根地区でも、今大きく動き出しているという印象である。

 3年前、とある機会から長野県飯田市で長野県社会福祉士会の地区会/研修会(当地では車座集会と言っている)があることを知り、東京から無理矢理押しかけて参加させて貰った。駒ヶ根に土地を購入したばかりの初夏であり、昼間は茫々に生えた草刈をし、夕方飯田市の会場に駆け付けた。東洋英和女学院大学教授の石渡和美先生の成年後見に関するご講演があり、「成年後見活動は、その地域の地域改革に行きつくものです。」と言われた先生の言葉が、今でも強く印象に残っている。

 その当時、地元で社会福祉士事務所を立ち上げた方にお聞きした限りでは、南信州は成年後見に関する地域の関心は非常に薄く、まして社会福祉士が成年後見を受任すること自体、家裁においてさえも関心を示して貰えないという状況であったように記憶している。私が定年後東京から駒ヶ根に移住して、成年後見活動をしたい旨をお話ししたとき、是非来て一緒に活動して欲しいとのエールを頂いたが、そこには現況の壁をなんとかして打破したいとの思いが滲んでいた、と同時に、わざわざ東京からくることに気の毒いとも思われたようでもあった。

 昨日夕刻、長野県社会福祉士会会長にお会いした。来年3月に移住してくるに当たり、そのご挨拶と最近の動きについて知りたくて、無理矢理お時間をお願いしたのに対し、お忙しい限りの折りにも関わらず、快く業務後の時間を割いて下さった。感謝の限りである。そして、長野県での動きについていろいろとお話し頂いた。会としてぱあとなあ会員養成に努めていること(現在100人を超えた)、成年後見の公的支援機関が必要と考えておりそこでは法人後見受任までも見据えていること、そこに市民後見人を位置づけようと考えていること、他士業団体とも円滑な連携を築いてきていること、県としても成年後見事業推進のモデル地区を定めて取り組んでいること、などなど。そして今後、様々な課題を抱えつつも大きく動こうとしており、この流れは止めることはできない。その受け皿体制を作り上げることが大きな課題であるとのことであった。

テーマ : 社会福祉士
ジャンル : 福祉・ボランティア

黄金色に染まりゆく夜明けのアルプス

 深々と寒さが身を包む一夜が明けようとしたとき、目が覚めた。ストーブの灯油が空になっている。急いでウッドデッキに出て灯油を入れようとしたとき、ふと見上げたアルプスが、その身にまとう衣装を着替え始めていた。夜着の黒い衣装から徐々に黄金色の衣装へと。

 恥じらい気味にほんの少し山頂の素顔を見せた峰々は、それを見上げる私を無視するかのように、次第に大胆にその黒い夜着を脱ぎ進めていった。山頂に積り始めた雪化粧を白色ではなく金色に跳ね返る光の中にその素顔を隠す。その黄金色は、首から肩へと降りてゆく、ゆっくりとゆっくりと。それはやがて裾野へとその色香を広げ、そして、そこに広がる赤や黄に紅に色づいた木々の葉の斑模様を、惜しげもなく見せてくれるまでになった。

 秋ももうすぐ終わる。やがて木々は葉を落とし、山頂の雪は山全体を覆っていくだろう。葉を落とした木々の枝々は、その下に積もった雪の白さの中に淡くねずみ色に浮き立ち、山全体を綿帽子をかぶったように包み込むだろう。そして冬の到来の中で早くも春の訪れを待ちわびるようになる。しかし、冬の寒さを楽しむことも忘れない。


CIMG0138 アルプス1

   アルプス1

  CIMG0139 アルプス2

   アルプス2

  CIMG0140 アルプス3

   アルプス3

   CIMG0139 アルプス4

   アルプス4

   CIMG0144 アルプス5

   アルプス5







テーマ : 社会福祉士
ジャンル : 福祉・ボランティア

事務所の名前 ちろりん村

 事務所の名前を「ちろりん村」とした。おそらく今50歳以下の方々の多くは、その村についてはご存じないだろう。「チロリン村とくるみの木」、それから命名させて頂いた。それは、テレビが普及し始めた1956年から1964年まで、NHKが放送していた人形劇の題名である。私が小学校に入学したころのことである。

 当時テレビは非常に高価なもので、一般家庭にはまだまだ普及していなかった。我が家にテレビがやってきた時、それは狭い居間のもっとも重要な位置に置かれた。本来ならば床の間に鎮座させられるべき貴重なものであったのだが、我が家には居間なるものが無かった。しかし、テレビの全面にはさも大事なものであることを示すために、カーテンというか、テレビ用緞帳というか、それが垂れ下げられており、一家の主である父が、おもむろにそれをめくりスイッチをいれるというセレモニーは初めのうちは必須であった。そこに流れてきたのがこの人形劇の番組である。

 駒ケ根のその地を初めて訪れた時、小川に降りる土手に大きなクルミの木が何本か生えていた。はじめはそれがクルミの木だとは分からなかったが、地主さんにそう教えられ、その瞬間「チロリン村とくるみの木」を家族と近所の人たちと一緒に見たあのころのことがよみがえってきた、あまりにも鮮明な画像として。その当時の我が家からは、そのすぐそばから田圃が広がり、小川が流れ、その向こうには森があり山があった。今その故郷では、あの田圃は既に消え、小川は路傍の暗渠と化し、森も林も木々は切り倒され家々が立ち並び、広い道路が丘と丘を縦断し切り裂いている。帰省するたびに、一つまた一つと、幼き我らが遊んだ風景が無くなっていった。

 駒ケ根のその地では、田圃が広がり、小川が流れ、森と林には木々が色づき、そしてその向こうにはアルプスの峰々がいつまでも変わらないであろう姿で佇んでいる。私の原風景とも言えるあのころのあの風景にどこか似ている。田舎暮らしを夢見て来た、そしてこの地に出会った。ここで私を必要としてくれるであろう人たちに寄り添い、共に生き、共に歓び、ゆったりと穏やかに、そして決して諦めることなく、残された時間を心行くまで楽しみたいと念じて、今をその最後の準備に費やしている。


   CIMG0067_縮小版
 
   土手に生えるクルミの木たち
 

テーマ : 社会福祉士
ジャンル : 福祉・ボランティア

社会福祉士事務所 独立開業の夢の実現

 信州駒ヶ根の地を自分の終の棲家と定めここに移り住み、定年後の第二の人生をこの地域への貢献活動に賭けたいと考えている。定年を真近に控えた5年前、その方向性を決めた。社会福祉士の資格を取得し、成年後見活動を主体にした独立型社会福祉士事務所の開設をしようというものである。

 その目標とするものは、
   ・誰もが障害があっても安心して楽しく暮ら
    していける地域をつくる。
   ・終末を住み慣れた自宅で迎えたい方が、安
    心して穏やかに自宅で終末を迎えられる地
    域をつくる。
である。 その夢を実現する手がかりとして、成年後見活動を選択した。

 成年後見は、判断能力の低下した方々の権利を擁護するための制度である。そしてその権利擁護とは、その方の住む地域への働きかけなくしては実現できないものであり、たった一人の被後見人・被保佐人・被補助人であっても、その方に向き合えば向き合うほど、それは地域を変革する動きへと向かわざるを得ないものだと理解している。そして、その行きつく先は、きっと上記した目標とする地域をつくることに収斂していくであろうと考えている。

 今、事務所を開業するための準備の大詰めである。日本社会福祉士会の独立型社会福祉士養成研修を受講中であり、事務所開業のための事業計画の詳細を作成している。これまでの自分の夢を実現へと結びつけるための、細かなことの検証とその準備には、結構神経を使わざるを得ない。そして、その神経を使うかたわら、駒ケ根への移住のため、住む家の新築工事進捗確認の日々である。



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  基礎工事中

テーマ : 社会福祉士
ジャンル : 福祉・ボランティア

初めての木こりの体験

 生まれて初めて森の木を切り倒した。ストーブ用の薪の確保のためである。チェンソーの音の中で、それは静かに傾き初め、周りの木々の枝々との繋がりを失うまいとするのか、周りの木々の枝々がそれを支えようとするのか、枝と枝とがこすれ合う音を次第に大きく響かせながら、山肌の斜面の上にその身をゆっくりと横たえた。

 ここに芽吹いて、これまで幾年ここに生きてきたのか、里人と森との関わりは薄れてしまい、下草の生い茂る日差しの届かない斜面で、必死に生き延びてきたに違いない。それを知っているのは、梢に実を結ぶどんぐりをついばむ鳥たちと、そこを吹き抜ける風たちと、それを見上げる獣たちだけだったのだろうか。

 薪ストーブ用に短く小さく刻まれたこの木は、私と妻と、時折り訪れるであろう友人たちとの語らいの空間を、暖かく温めてくれるだろう。幾年もの年月をその身に刻み付けたその木片たちは、伊那谷を吹きぬける木枯らしの音を、その時どのように聞くのだろうか。


切株

   切り株

テーマ : 社会福祉士
ジャンル : 福祉・ボランティア

プロフィール

ちろりん村村長

Author:ちろりん村村長
衛藤史朗です。
九州で生まれ、東京でサラリーマンをやっていました。定年とともに信州駒ケ根の地に移り住み、ここを終の棲家として、成年後見活動を柱に地域福祉の増進に貢献する所存です。
趣味は剣道。

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