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60の手習い

それこそ60の手習い、今年の9月から書道教室に通い出した。中学卒業以来の墨と筆との出会いである。ことの初めはO氏夫妻。O氏夫妻とは、ここ駒ケ根に土地を探し始めたころに知り合った。10年以上のIターン田舎暮らしの大先輩である。慣れない土地でのこと、いろいろと教えて頂いている。

 ちろりん村から車で約5分、駒ケ根市と伊那市との境界に位置するところに火山峠という峠がある。そこの村の公民館で30年近く続いている書道教室に、O氏が通っている。O氏夫妻宅でお茶をご馳走になっているとき、私の悪筆のことが話題になり、それで同じ悪筆故に書道教室に通っているというO氏に誘われた。以前写経を1か月ほどで挫折してしまったこともあり、60の手習いをやってみようという気になった。

 教室の先生は、伊那谷でも有数の大寺である安楽寺の和尚さんである。頭全体が見事に光り輝く温厚なその風貌からは、私と同じ位のお歳とは思えない風格が漂う。初日にいきなり大きな半紙に「小窓半夜青燈雨幽樹一庭黄葉秋」と書かれ、お手本として渡された。これを稽古しなさいということである。え?! 自分の名前さえ満足に筆で書けないのに? 最初は一とか十とかの基本を何度も書かされると思っていたのに、いきなり? 教室の皆さんは、黙々として墨をすり、同じように先生から頂いたお手本を稽古している。私も、モクモクと向かうことになってしまった。

 それから2週間後の2回目の稽古日、またもやいきなりである。「村で秋の文化祭があり、そこにみんなが書を出展するので、清書してもってくるように」。 え??? 私の書が衆目に晒される? この悪筆が!! まだ稽古2日目、残された日にちはあと半月、なんでこうなるの? などと言っている暇などない。家に帰ってからも、モクモクと稽古した。

 文化祭当日、表装された我が作品は、展示室の一角に掲げられていた。それも、書道教室歴何年という諸先輩方の作品に囲まれて。朝から多くの近在の方々が公民館広場に集まり、老いも若きも秋の日差しを楽しんでいる。幸いなことに、文化祭の目玉は手作り蕎麦と焼き鳥にお酒。皆さん花より、いや書より団子。お酒に酔ったご近所さんは、車座での話に夢中である。展示室は閑散としていた。 






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      展示会場の一角



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           表装で馬子にも衣装(中央 衛藤書)
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雑誌「現場主義」編集会議 in 駒ケ根

 昨年の独立型社会福祉士養成研修の受講仲間3人とひょんなことから始まった雑誌の出版話が、紆余曲折の末どうにか実現し、今年1月に準備号を出版した。予想以上のご評価を頂き、今第2号の出版に向けて動きだしている。雑誌の名前は「現場主義;ソーシャルワーカー最前線」である。発行の目的と編集方針は以下のとうりとした。
「 目的;1.自己研鑽をはかり、自らの実践力の向上を図る。2.ソーシャルワーカーとしてのアイデンティを高める。3.ソーシャルワーカーの働きを紹介する中で、社会的認知度を高める。」
「方針:1.組織や団体などにとらわれることなく、また「ある種の偏り」に陥ることなく、地域で活動するソーシャルワーカーの活動の姿(現場)を、独立型社会福祉士を中心に紹介する。2.現場でぶつかっている課題と成果を丁寧に拾い上げ、全体のものとすべく発信する。3.ソーシャルワーカーとしての倫理観と価値観の検証・向上、スキルアップをめざす紙面構成にする。」

 当初3人でスタートしたものが、今や編集委員10人を擁する最前線編集部として活動の輪を広げている。まだまだ社会的に認知度が高くない社会福祉士、その中でさらに認知度の高くない我ら独立型社会福祉士、それはなんなのか、どうあるべきなのか。自らの存在意義を自らに問いかける、そのような問題意識を共有しあう仲間が、他の多くの仲間達の実践事例やその思いをもっと知りたい、またその意義をより広く社会に問いかけてみたい、その為にはどのような方法があるのかと話し合う中で、雑誌の発行という、私から見れば現実味の薄いアイデアが一人の口から唐突に出された。そして、現実味の薄いままとにかく形を先に創ってみようと、今年1月の第一号発行に向け活動がスタートしたのが、昨年8月のことだった。

 第2号の発行準備開始は9月からであるが、今回はスタートからエンジン全開である。編集員が大幅に増え体制強化された編集部の動きは早い。東京での第1回編集会議を踏まえ、10月初旬に代表格の宮秋氏(雑誌発行の言い出しっぺ)と田村氏がちろりん村に来られ、編集内容の詰めを行った。のだが、編集方針の全体は既に東京での会議で固まっており、その話をネタにちろりん村で一杯飲みたいというのが、「編集会議 in 駒ケ根」の本音のところである。

 ちろりん村村長宅の囲炉裏の間で、駒ケ根の夜景や月明かりに淡く浮き上がるアルプスの稜線を眺め、第2号への思いを熱く語りながらの一杯は、秋の夜長を十分に楽しませてくれた。田村氏持参の狭山の地酒に心と身体が満たされて、ついその場の編集会議の写真撮影を失念してしまった。翌日、両氏をお連れした陣馬形山山頂での記念写真で、編集会議の盛り上がりが如何だったかをご想像願いたい。



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      第2号発行に向け頑張るぞ!!    

米作りの成果

 今日、米作り最終作業の脱穀をした。稲刈りから約2週間、秋の日差しをいっぱい浴びて程よく乾燥した稲穂は、はざ掛けから脱穀機へと運ばれ、脱穀された米粒は米袋に詰められていく。果たしてどのくらいの収穫量になるのか。新米の味はどうだろうか。それより、食べられるお米に育っているのだろうか。少し不安、少し期待。作業の合間に何度も、一杯になり田圃の上に置かれた米袋の数を数える。

 作業を初めて3分の1程度のところで、一般農家の収穫量よりかなり少ないことがはっきりしてきた。半分以下である。それでも、袋詰めにされた米の重みは、それなりに手ごたえを感じる。よし、よし! 田圃に落ちた穂を丁寧に拾い集め、脱穀機から吐き出された藁束に残ったモミをかき集め、一粒なりとも無駄にしないぞ、と、みんなの心が一つになる。

 最後の藁束を脱穀機に投入し、最後の袋を脱穀機から取り外す。米袋の数は20袋、果たしてその総重量はいかに。体重計を持ち出し秤量することにした。一人が体重計に乗り、米袋を抱え目盛を読む。その目方から体重を引き、米袋の重さを計算する。一袋づつ量っていく。・・・・・じゃじゃ~ん! 総重量は、490キログラムなり!初めての米作りの成果である。1反4畝からの恵みである。

 作業を終え、畦道に座り、持ち寄ったお菓子・漬物を回し、みんなでお茶を飲む。積みあがった米袋を見ながら、量は少ないが、きっと味は美味いぞ、と一人が言う。収穫量が多い田圃の米はあまり美味しくない、と米作り先生のおじいさんが言う。ヤッタアー!! 来年もみんなでやろうと決める。もっと良い方法を工夫しよう。収穫祭の日にまた集まり、話し合うことにした。また、美味しい酒が飲めるぞ!!


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      積みあがった今年の成果


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      来年もやろう、やろう

社会福祉士事務所ちろりん村の一日

 社会福祉士事務所ちろりん村の顔として、地域の機関や施設のスタッフの方々の傍に置いて頂けるよう、資料集のファイルを作成した。内容は、前半部分には当事務所の理念や相談支援の方針、相談支援利用契約書のひな形、報酬規程など、最後に村長のプロフィールを入れた。後半は、成年後見制度に関する資料をテーマごとに今後増やしていく予定である。第一回目として、「成年後見制度の概要について」としてイントロ的内容の資料を作成した。

 今週はこれを近隣市町村の地域包括支援センターや社会福祉協議会などの相談窓口機関にお配りしている。先日は駒ケ根市の地域包括と、伊那市の地域包括および社協内にある成年後見センターを尋ねた。今日は駒ケ根市の南隣の中川村と飯島町を訪問した。皆さん忙しい中を快く時間を割いて頂き、ファイルの内容の説明を聞いて頂いた。

 日常高齢者やそのご家族の方々からそれこそ多種多様な相談を受け、あるいは近隣住民や民生委員の方からの情報などにより支援を必要としていそうな方へのアウトリーチの訪問、などなど、大変な激務の中で地域住民の生活を支えておられる。その第一現場に身を置かれている立場から、成年後見に関してどのような切り口からの資料が欲しいか、そのニーズをお聞きするのも、今回訪問の主な目的である。そのお困りの現実にお役に立てるような資料を作成しご提供していこうと考えている。

 訪問の合間に少し時間が空いた。田圃の畦道に車を滑らせ、ふと見上げた空にくっきりと高く浮かんだ白い雲、その先に先日東京から来た社会福祉士仲間と訪れた陣馬形山の頂が見える。付近の田圃にコスモスを植えた花畑が広がっている。ススキの群れがその直線の先の羽毛のような穂を秋風に揺らせている。いつの間にか季節は秋を迎え、紅葉が緑の山肌を足早に埋め尽くしていくだろう。ほっと一息入れ、次の訪問先にハンドルを切った。





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        コスモスの花畑にほっと一息

女子会in駒ケ根の実現

 先週土曜・日曜に、東京でお世話になった社会福祉士仲間4人が、ちろりん村に来て下さった。皆さん社会福祉士の専門職として企業や施設に属さず、独立して事業を展開されている方々である。それも麗しき女性たちである。自分が、社会福祉士の資格を目指し成年後見活動を中核に据えて独立事務所を運営していこうと目標を定めた6年前から励ましあって来た戦友たちである。

 気の置けない仲間たちと喧騒の東京を離れしばし憩を共にしようと、ここちろりん村を選び連れだってこられた友人たち。ちろりん村村長としては、できうる限りのもてなしの心で迎えたいと思った。それは、自分がここ信州駒ケ根の地を終の棲家としてまた地域貢献活動の場として、なぜ選んだのかを知って貰いたいとの思いが重なっている。自治体の観光課以上の熱意でもって伊那谷の魅力スポットを案内した(つもりである)。

 皆さん楽しんで貰えただろうか。自分だけが真っ先に楽しんでしまっていたように思う。なにせ麗しき淑女の皆さんばかりである。それもむべなるかなと了解して頂きたい。南アルプスの西に位置し伊那谷の全貌を俯瞰することのできる人馬形山の頂上に立ち、彼方の西にしばし息を止め仰ぎ見た中央アルプスの峰々の稜線、またいつか同じように見れる日がきますように。

 お互いの健闘を祈って、ちろりん村を後にする皆さんを見送る村長は、さびしがり屋だったのです。


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      陣馬形山山頂にて


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      ちろりん村にて 村長夫人とともに


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      木曽奈良井宿の大橋のたもとで


プロフィール

ちろりん村村長

Author:ちろりん村村長
衛藤史朗です。
九州で生まれ、東京でサラリーマンをやっていました。定年とともに信州駒ケ根の地に移り住み、ここを終の棲家として、成年後見活動を柱に地域福祉の増進に貢献する所存です。
趣味は剣道。

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