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縁の不思議

 2月25日に一つの節目を迎えた。私を一般企業のサラリーマンから社会福祉士、成年後見、独立開業へと導いてくれた出会い、それは「多摩地区開業社会福祉士懇談会」~「社会福祉士事務所経営懇談会」~「開業塾新時代懇談会」と名称は変わったが、久保田社会福祉士事務所代表の久保田氏が一貫して主催してこられ、8年もの長きに渡って続いた勉強会の最後の集まりがその日にあり、駒ケ根から駆けつけた。その勉強会は私が定年後の第二の人生を如何に生きるべきかと迷っていた時に出会った一つの大きな縁であり、それは2005年の夏、私が55歳の時のことであった。以来そこで多くの方々に出会い、支えられ、今日を迎えている。

 言い古されてはいるが、思えば縁とは不思議なものである。6年前のその出会いが、全く福祉などとは縁も何もなかった私に、大きく人生の舵を切り替えさせることになった。その出会いが無ければ、社会福祉士という資格も、成年後見という活動も、まして独立開業という冒険も、思い及ばなかったに違いない。それが無ければ恐らく今、定年後の継続雇用という権利を行使しながら、これまでと同じように満員電車に揺られ会社に通っていたであろう。

 勉強会で知り合った多くの仲間たちが、今それぞれの地域でそれぞれのやり方で独立開業をし頑張っている。地域に貢献している。久しぶりに多くの仲間たちが集まったその日の会合では、当時参加し始めた私と同じようにそれぞれが不安げに勉強会に参加し先達たちの実践に耳を傾け、真剣に自分の進むべき道を模索していたその仲間たちが、今の自分のことそしてこれからのことを生き生きと語っていた。そして仲間たちの話を嬉しそうに聞いていた。

 6年前のその出会いからスタートし準備期間を経て昨年から始まった第二の人生が、上手くいくかどうかの答えはまだ出ていない。昨年の3月ここ駒ケ根に移り住み、事務所を開業し、少しづつ地元の方々に知ってもらい始めたところであり、事務所が軌道に乗ったとはまだとうてい言えない。その答えはまだ出ていないが、しかし自分にとって正しい選択であったかどうかについては、まったく迷いは無い。その日の会合でのみんなの語らいが、改めてそのことを私に確信させてくれた。縁とは不思議なものであり、良い出会いとは有難いものである。
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陸前高田

 2月11日の夜、陸前高田市でのボランティア活動から戻ってきた。1週間の短い期間ではあったが、その間実際に目にする全ては、TVニュースが伝える惨状をはるかに超える現実を突き付けるものだった。到着初日のバスの窓から目にしたものは、数日来の寒波で陸前高田では珍しく雪に覆われた静かに広がる田んぼを思わせる平坦地だったが、しかしそこが、あの津波に襲われ洗い流された市街地だということを理解するまでには少しの時間が必要な位、そこには静寂が広がっていた。その静寂の向こうにポツンポツンと取り残され行き場を失ったように佇んでいる建物たちが、やっとここがあの現場だということを教えてくれた。

 陸前高田市役所仮庁舎の一角で、日本社会福祉士会から派遣されたボランティアたちの活動が続けられている。津波でほとんどの住民データを失った地域包括支援センターの活動を補佐するものであり、仮設住宅に住む高齢者宅を一軒一軒回り、どのような支援を必要としているか否かを聞き取り、その情報を同センターに引き継ぐ活動である。今回我々が担った業務は、仮設住宅に住む約800人の高齢者情報をPC上のデータベースに入力する作業である。これを元に後任のボランティアが訪問活動をより迅速に行えるように環境整備をする役目であった。

 データ入力を終えて活動最終日に、引き継ぎを兼ねて仮設の高齢者宅の何軒かを訪問した。その中の1軒で、津波の経験を聞くことができた。当初の警報では津波は3mと聞き、それほど危機感もなく近所のお婆さんと一緒に避難していたが、堤防を超える波の高さを目にし事の重大さに気づき、お婆さんを急き立て急ぐも、お婆さんは座り込み動かなくなってしまい、足元を波が濡らす事態にはどうしようもなく、両手を合わせお婆さんを残しやっとのことで避難した。後にお婆さんの遺体は上がり、検死の結果心臓麻痺だったようだとのこと。負ってしまった心の悲しみがどれだけ深いものだったかを、その静かな語り口が物語っていたように思われる。

 駒ケ根に戻ったあくる朝、アルプスは白く豊かに雪を纏い青空の中に静かに佇んでいる。その麓に広がる街は朝靄の中に目覚め始め、今日もいつものように穏やかに時間は過ぎゆき、やがて夜を迎える。その何事もない日常性が如何に貴重なものであることか、短い1週間が私に教えてくれた。


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       取り残された体育館


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       スーパーMAIYA  
プロフィール

ちろりん村村長

Author:ちろりん村村長
衛藤史朗です。
九州で生まれ、東京でサラリーマンをやっていました。定年とともに信州駒ケ根の地に移り住み、ここを終の棲家として、成年後見活動を柱に地域福祉の増進に貢献する所存です。
趣味は剣道。

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