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雑誌「現場主義」編集会議 in 駒ケ根

 昨年の独立型社会福祉士養成研修の受講仲間3人とひょんなことから始まった雑誌の出版話が、紆余曲折の末どうにか実現し、今年1月に準備号を出版した。予想以上のご評価を頂き、今第2号の出版に向けて動きだしている。雑誌の名前は「現場主義;ソーシャルワーカー最前線」である。発行の目的と編集方針は以下のとうりとした。
「 目的;1.自己研鑽をはかり、自らの実践力の向上を図る。2.ソーシャルワーカーとしてのアイデンティを高める。3.ソーシャルワーカーの働きを紹介する中で、社会的認知度を高める。」
「方針:1.組織や団体などにとらわれることなく、また「ある種の偏り」に陥ることなく、地域で活動するソーシャルワーカーの活動の姿(現場)を、独立型社会福祉士を中心に紹介する。2.現場でぶつかっている課題と成果を丁寧に拾い上げ、全体のものとすべく発信する。3.ソーシャルワーカーとしての倫理観と価値観の検証・向上、スキルアップをめざす紙面構成にする。」

 当初3人でスタートしたものが、今や編集委員10人を擁する最前線編集部として活動の輪を広げている。まだまだ社会的に認知度が高くない社会福祉士、その中でさらに認知度の高くない我ら独立型社会福祉士、それはなんなのか、どうあるべきなのか。自らの存在意義を自らに問いかける、そのような問題意識を共有しあう仲間が、他の多くの仲間達の実践事例やその思いをもっと知りたい、またその意義をより広く社会に問いかけてみたい、その為にはどのような方法があるのかと話し合う中で、雑誌の発行という、私から見れば現実味の薄いアイデアが一人の口から唐突に出された。そして、現実味の薄いままとにかく形を先に創ってみようと、今年1月の第一号発行に向け活動がスタートしたのが、昨年8月のことだった。

 第2号の発行準備開始は9月からであるが、今回はスタートからエンジン全開である。編集員が大幅に増え体制強化された編集部の動きは早い。東京での第1回編集会議を踏まえ、10月初旬に代表格の宮秋氏(雑誌発行の言い出しっぺ)と田村氏がちろりん村に来られ、編集内容の詰めを行った。のだが、編集方針の全体は既に東京での会議で固まっており、その話をネタにちろりん村で一杯飲みたいというのが、「編集会議 in 駒ケ根」の本音のところである。

 ちろりん村村長宅の囲炉裏の間で、駒ケ根の夜景や月明かりに淡く浮き上がるアルプスの稜線を眺め、第2号への思いを熱く語りながらの一杯は、秋の夜長を十分に楽しませてくれた。田村氏持参の狭山の地酒に心と身体が満たされて、ついその場の編集会議の写真撮影を失念してしまった。翌日、両氏をお連れした陣馬形山山頂での記念写真で、編集会議の盛り上がりが如何だったかをご想像願いたい。



     CIMG0523 縮小版
      第2号発行に向け頑張るぞ!!    
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やり続けること

いやぁ、いいところですよね。
村長さん、熱いもてなし、ありがとうございました。

なにしろ、眺めがいい。自宅にいて、この眺めなんだよね。
村長さんが、この地が気に入った理由がよくわかりました。

それにしても、村長は、エライ!
まったく縁もゆかりもない地で、新たな活動を始めるなんて。
しかも、すでに着実に、地域にささりはじめているようである。

現場主義、やっと2号を作り始めることになった。
世の中には「3号雑誌」という言い方が今もあるようである。
「3号雑誌」にならぬよう、続けたいものである。

今後ともよろしく。

No title

 我らが言い出しっぺさん、コメントありがとうございます。
なるほど、「3号雑誌」、なんだか「稼業を潰す3代目」と似た感じですね。やにくもに走り出した1代目、結構評判が良くて手を広げた2代目、1代目・2代目の成功に気を良くしてこれで安心した3代目?!
 
 初心を忘れずに頑張りましょう。

                          ちろりん村村長
プロフィール

ちろりん村村長

Author:ちろりん村村長
衛藤史朗です。
九州で生まれ、東京でサラリーマンをやっていました。定年とともに信州駒ケ根の地に移り住み、ここを終の棲家として、成年後見活動を柱に地域福祉の増進に貢献する所存です。
趣味は剣道。

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